安達太良山-2010-10 ― 2010年12月11日 23時25分19秒
"僧悟台経由塩沢登山口"を示すこの案内標識の下に「僧悟台経由で登山するハイカーへ」と題した注意書きが
あったので読んでみる。
"高山植物保護のため・・・整備はいたしません。"それはそれで良いと思うよ。
"霧の時など・・雨水の流れによって迷路の地域があります"って、まさに今がその時じゃないですか!
"コースを熟知した先達で入山を要望します。"えっ、今日初めて来たんですけどー。
・・・・・・・・
・・・・・・・・。
"危険をともないます"
"危険をともないます"
"危険をともないます"
どーする、オレ?
ハイ、それ承知で来ていまーす。
実を言えば、先に今回の安達太良登山のもう一つの目的と書いたが、その目的こそ、 何を隠そう、この僧悟台の踏破なのであーる。(で、大丈夫なわけ?)
昨年は塩沢口から安達太良山頂の往復だった事もあり、くろがね小屋へ行くついでに、去年とは違う道を歩きたいという 安易な思いつきで選んだコースが、今行こうとする僧悟台の道なのである。(やっぱり、思いつきか・・・。)
この僧悟台のコースを地図で見る限り、登山道を示す破線は湯川を目指し、なだらかに破綻無く下っている。
それはある意味、単調でつまらないと言えるかもしれない。
しかし、問題なのは"地理的判断"にやや難がある"先達"でない私が行くという事なのである。
道を見失う不安と、右膝の痛みが相まって不安極まりないのだが、ここまで来た以上、先に進む以外、まさしく道は無いのである。(困ったねー)
意を決し、ターニングポイントと自ら決めたあの場所、そう、あの"馬返し"を目指し、再び笹の道を下り始めた。
見晴らしの悪い笹の道をどれ程下って来ただろう。
笹の斜面が切れ、やっと、視界の開けた平坦な場所に出る事ができた。
谷の底のようなその場所は、大きな岩が此処そこに転がっていて、ふと見上げた空に、鉄山と思しき岩肌が風に千切れた霧の隙間から垣間見えた。
私は道脇の少し平べったい岩にザックを下ろし小休止とした。
しかし、ここはなんて静かなのだろう、頭上の霧は確かに流れてはいるのだが、それさえ遠い所の景色のようである。
暫くの間、私は呆けたように岩や枯れ枝を舐めるように流れる霧を見ていた。
どれ程の時間そうしていたのだろう。突然、霧の向うから甲高い鳥の鳴き声に我に返った。
先は長いのである。鳥の鳴き声を合図に、再び身支度を整え(ずり落ちるズボンを引き上げ)、どこか殺伐としたこの風景を後にした。
長く休んでいた気がしていたが、後にGPSのログで確認したところ、この場所に居たのはたかだか7分間であった。ちょっと不思議な気がした。
この後、少し登り返すと背の高い石楠花の木々を縫うような道が続くのだが、多少の上り下りはあっても、概ね緩やかに下って行くのである。
途中に、二箇所程小さな沢を渡渉する場所があった。対岸の踏み跡が見え難い事もあり道を見失う不安を感じたが、なんとか先に続く道を見つけ進む事が出来た。
ただ、注意にもあったように木々の枝払いなどの手が入っていない事もあり、伸びるに任せた枝に道が覆い隠されている箇所に何度も遭遇した。
石楠花のトンネル道はほとんどが堀と化しており、そのほとんどに雨水が溜りぬかるみとなっていた。
右膝を庇いながら、滑りやすい堀に降りる動作はぎこちなく、一段と体力を消耗させる事となった。
それ故、展望の乏しいこの石楠花の森を早く抜け出たい思いが募り、道先だけを見つめ、ひたすら、先へ先へと歩いて行くというつまらない道行となってしまったのである。
ただ、この道は行く先々に青紫の"リンドウ"が咲いていて、そんな私にも僅かなら安らぎを与えてくれるのだった。
道を下る程に空の色が変わって行く。
振り返れば、相変わらず山の上に乳白の雲が懸かり、今しがたまで居た山さえも見えはしないのだが、進む道の先には青空さえ見えて来た。
やがて、石楠花の森が切れ、前方に開けた場所が現れた。 "霧降の滝分岐"に到着したのである。
時計はすでに昼を過ぎ、12時50分を指していた。
鉄山と箕輪の縦走路から1時間経ったことになる。
この"霧降の滝分岐"の案内板を目の前にして、辿ってきた道が正しかった事が素直に嬉しかった。
写真は、今来た道を振り返って撮ったもので、左側に写るトラロープの先を行けば、"霧降の滝"へ行くらしい。
案内板の下には警告と題し次のような文章が記されていた。
下に現在地を示す。
赤丸が現在いる場所で、地図右下に"霧降の滝"があるが、辿り着くにはかなりの急斜面を降りなければならないようである。
緑の丸は、私が霧を呆けて眺めていた谷である。
この先は一度緩やかに上り、湯川の渓谷を遠巻きに見ながら僧悟台の裾野を下りていくようである。
いつしか頭上には青空が広がり、秋の日差しが尾根の道に差し始めている。
霧ではなく、雲の中を歩いて居たのだと悟った。
下る程に木々の背は高くなり、いつしか広葉樹の森へと入ったようである。
大きな岩が重なり、道を塞ぐようにしている場所に辿りついた。
木々に埋もれるように立っていたのは、"見晴し台"の案内板である。
名前の通り、この場所は北東側が開けていて、隣の福島市松川町を見下ろすことができる。
送信所のアンテナが並ぶ左に尖った頂を見せているのは、「笹森山(649,9m)」だろうか、それにしても下界は好天のようである。
なんだか、とてもくやしい。(涙)
下に現在地を示す。青丸は霧降の滝
"霧降の滝"分岐から、約20分、時刻は13時19分となった。
13時22分、"見晴し台"を後にする。
この先、地図の等高線の間隔が狭くなっていることに多少の不安はあるが、ゆるりと降りていけばいいだろう。
あまり人が通らぬ森の道は、枯れ葉に埋もれ、木漏れ日を受けて穏やかな佇まいを見せている。
しだいに沢音が耳に届くようになってきた。湯川に近づいている事を実感する。
右膝の痛みは相変わらすだが、枯れ葉の道は堀道のような段差がないので優しく感じる。
このような道が最後の目標地となる湯川まで続くのだろうと、正直ほっとする気持になってきた。
が、しかし。
枯れ葉の道は途切れ、目の前に現れたそれは・・・。
壁?
なだらかに下り続けた道とは全く違う、道先の見えぬ、壁と見まがう急峻な坂道が待っていたのである。
・・・・?
地図の道と違う?!
混乱する頭の中で、どこをどう間違ったのだろうと反問する。
いや、"見晴し台"からのここまで分岐で迷うような場所には出会わなかったはず・・・。
ならば、この激坂を行かねばならないのか。
細かなジグザグを描きながら、道は木々の隙間を谷へと続いている。
意を決し、陽の光が余り届かぬ谷底を目指し一歩を踏み出した。
踏ん張りの利かない右膝が悲鳴を上げる。
「最悪だ・・・。」
つい今しがたまで、秋の木漏れ日の中、枯葉を踏みしめながら歩いていた心地よさは、すでに遠い記憶となっていた。
道は狭く滑りやすく、笹の根が道まで伸びている。
気軽にその根を踏んでしまうものなら、間違いなく足を持って行かれる。
このトラップは数え切れない程、このジグザグ道にあって、その度に声にならない声を発する事となった。
もし、誰かが近くにいたなら、さぞかし、やかまし事であっただろう。
この激坂が本当に正しい道かどうか、不安ではあったが、途中何箇所かに案内板があり、塩沢口に続く道である事を確信した。
この坂道をジグザクと書いたが、自然の造詣に文字通りの道があるはずもなく、左の後が必ず右に行くとは限らない訳で、 瞬時に行くべき方向の判断が出来ない、そんな曖昧な場所も多々あるのである。
その時も、立ち止まり辺りの様子を確認し、進むべき道を探したのである。
見廻せば、右下方向にピンクの紐が横に張られているのを見つける事ができた。
ああ、そっちか・・。
そう思い足を進めたのだった。
次の瞬間。
・・・・・・・・・!
目の前が真っ暗になり、斜面を滑り落ちる感覚を背中で感じながら必死に「止まれ、止まれ」と念じていた。
・・・・・・・・・。
「止まった・・!」
私は谷に頭を向け、仰向けの状態で斜面に倒れていた。
一体自分の身に何が起きたのか、しばらくの間理解できずにいた。
滑落したのである。
反転し、枯れ葉や苔にまみれた身体を起こした。
右肘と右手に違和感があり、額にも痛みを感じたが、歩行するのには支障はないと判断した。
振り返り、落ちただろう場所を仰ぎ見る。
高さは2.5m程だろうか、私はジグザグに下りるべき道を、真っ直ぐにショートカットしてしまったようである。
我が身に起こった出来事だが、今も断片的にしか思い出せないのである。
頭に感じたゴツンという衝撃。
斜面を滑り落ちて行く感触。
谷底まで落ちていくという恐怖。
斜面に必死に立てた爪先の感覚。
・・・・・・。
それは、たかだか数秒の、いや、一瞬の出来事だったが、「落ちた」という事実が、大きな衝撃となり心に残ったのは事実である。
衣服に付いた土を払いながら、拭いきれない「敗北感」というようなものが心に重くのしかかっていることを、感じずにはいられなかった。
しかし、その事実は事実として、先に進まなければならないのである。
この後も、この滑りやすい急坂はしばらく続き、幾度となく足を取られそうになったが、ついにその終わりが来たようである。
壁を登るような道は終わり、湯川に沿って緩やかに下り始めたのである。
沢音も次第にその強さを増し、身近にある事を知らせてくれる。
道は"草鞋(わらじ)沼"と案内板が立つ沼脇に出た。
正直に言えば、名のある沼とは思えぬ佇まいであるのが残念である。
この沼に着く途中の道で私はちょっと恐い思いをした。
道脇の笹藪をガサガサと移動する物音が聴こえてきたのである。
小動物の移動にしては大きく、私の存在に気付いて身を潜める風もなく、その音の主は私の進行方向に進んでいるようで、 しばらくの間、並んで歩く事となったのである。
くろがね小屋で買った"鐘"は、"霧の谷底"で小休止した際ザックに下げて来たのだが、この時ばかりは、その鐘の音が 幾分なりとも私の心に励ましとなって、響いてくれた気がする。
結局、笹薮の主が突然道に飛び出してくるような事もなく、無事に、ここに着いたのだった。
しかし、一体なんだったのだろう?
14時3分。
湯川に到着した。
「見晴し台」から40分も掛かってしまったが、心配していた橋の流出もなく、しっかりと両岸を跨いでいてくれた。
最後の最後で、再び川へ転落となってはシャレにならないので、ここは慎重に渡ることとした。(笑)
写真は、橋を渡り終えた後に振り返って撮ったものである。
湯川を再び越えた事で、僧悟台のコースを踏破したのである。
"滑落"というアクシデントに未だ心中穏やかさとは遠いものであるが、この先の"馬返し"を過ぎれば、人目が気になる道に出る事となる。
身体の状態を落ち着いて確認することにした。
ザックを下ろし、カッパ代わりのウォームアップウェアウェアを脱ぎ、痛む右肘を見る。
痛む訳である。右肘の付け根とでもいうべき場所が一目で分かる程に腫上っていた。(驚)
額左側にはうっすらと血が滲んでいて、川の水で顔を洗った時にヒリヒリと痛みが走ったが、引っかき傷程度だろう。
一つ溜息をついて、身支度を済ませた。
ウォームアップのズボンは泥だらけであったが・・・。
川岸の小さな坂を上り切れば、ほんの数分で今回のターニングポイントと記した"馬返し"の案内板に出た。
今朝、この場所を通過してから7時間20分を要して再び戻って来たのである。
塩沢口に向かう階段状の道を、右膝の痛みに耐えながら下り、きのこ狩りと思われる人達を横目で見ながら、 塩沢スキー場を横切り、愛車の待つ駐車場に着いたのは、14時30分だった。
去年に続いての安達太良登山は、くろがね小屋の"マグカップ"と"鈴(鐘)"を手に入れるという目的であったが、 思いつきとはいえ、一般の登山客があまり使う事のない"僧悟台"のコースを踏破する事が出来た。
ただ、常に単独行の私にとって今回の"滑落"は今後の山中での行動に少なからず影響することだろう。
それは、加齢から来る問題なのか、それとも日頃の鍛錬が問題になるのか、何れにしろ、自分自身に問いかけるべき事には違いないのである。
泥に汚れた衣服と、濡れた靴を脱ぎ捨てて、折り畳み椅子に腰を下ろせば、 空は秋晴れの良い天気で、安達太良山は、やはり雲が掛かっておりました。
「僧悟台経由で登山するハイカーへ」ふむふむ・・・。
塩沢登山口、または笹平よりの僧悟台コースの登山道
は今後(12年より) 高山植物保護のため、
山道の下草刈り、枝きり等の整備はいたしません。
コースは笹やぶ、沢崩れ、窪地の水たまりなど
自然状態にもどっております。
特に、霧の時など今までも雨水の流れによって迷路
の地域があります。 地理的判断ができない場合は、
危険をともないますので入らないでください。
コースを熟知した先達で入山を要望します。
二本松市
"高山植物保護のため・・・整備はいたしません。"それはそれで良いと思うよ。
"霧の時など・・雨水の流れによって迷路の地域があります"って、まさに今がその時じゃないですか!
"コースを熟知した先達で入山を要望します。"えっ、今日初めて来たんですけどー。
・・・・・・・・
・・・・・・・・。
"危険をともないます"
"危険をともないます"
"危険をともないます"
どーする、オレ?
ハイ、それ承知で来ていまーす。
実を言えば、先に今回の安達太良登山のもう一つの目的と書いたが、その目的こそ、 何を隠そう、この僧悟台の踏破なのであーる。(で、大丈夫なわけ?)
昨年は塩沢口から安達太良山頂の往復だった事もあり、くろがね小屋へ行くついでに、去年とは違う道を歩きたいという 安易な思いつきで選んだコースが、今行こうとする僧悟台の道なのである。(やっぱり、思いつきか・・・。)
この僧悟台のコースを地図で見る限り、登山道を示す破線は湯川を目指し、なだらかに破綻無く下っている。
それはある意味、単調でつまらないと言えるかもしれない。
しかし、問題なのは"地理的判断"にやや難がある"先達"でない私が行くという事なのである。
道を見失う不安と、右膝の痛みが相まって不安極まりないのだが、ここまで来た以上、先に進む以外、まさしく道は無いのである。(困ったねー)
意を決し、ターニングポイントと自ら決めたあの場所、そう、あの"馬返し"を目指し、再び笹の道を下り始めた。
見晴らしの悪い笹の道をどれ程下って来ただろう。
笹の斜面が切れ、やっと、視界の開けた平坦な場所に出る事ができた。
谷の底のようなその場所は、大きな岩が此処そこに転がっていて、ふと見上げた空に、鉄山と思しき岩肌が風に千切れた霧の隙間から垣間見えた。
私は道脇の少し平べったい岩にザックを下ろし小休止とした。
しかし、ここはなんて静かなのだろう、頭上の霧は確かに流れてはいるのだが、それさえ遠い所の景色のようである。
暫くの間、私は呆けたように岩や枯れ枝を舐めるように流れる霧を見ていた。
どれ程の時間そうしていたのだろう。突然、霧の向うから甲高い鳥の鳴き声に我に返った。
先は長いのである。鳥の鳴き声を合図に、再び身支度を整え(ずり落ちるズボンを引き上げ)、どこか殺伐としたこの風景を後にした。
長く休んでいた気がしていたが、後にGPSのログで確認したところ、この場所に居たのはたかだか7分間であった。ちょっと不思議な気がした。
この後、少し登り返すと背の高い石楠花の木々を縫うような道が続くのだが、多少の上り下りはあっても、概ね緩やかに下って行くのである。
途中に、二箇所程小さな沢を渡渉する場所があった。対岸の踏み跡が見え難い事もあり道を見失う不安を感じたが、なんとか先に続く道を見つけ進む事が出来た。
ただ、注意にもあったように木々の枝払いなどの手が入っていない事もあり、伸びるに任せた枝に道が覆い隠されている箇所に何度も遭遇した。
石楠花のトンネル道はほとんどが堀と化しており、そのほとんどに雨水が溜りぬかるみとなっていた。
右膝を庇いながら、滑りやすい堀に降りる動作はぎこちなく、一段と体力を消耗させる事となった。
それ故、展望の乏しいこの石楠花の森を早く抜け出たい思いが募り、道先だけを見つめ、ひたすら、先へ先へと歩いて行くというつまらない道行となってしまったのである。
ただ、この道は行く先々に青紫の"リンドウ"が咲いていて、そんな私にも僅かなら安らぎを与えてくれるのだった。
道を下る程に空の色が変わって行く。
振り返れば、相変わらず山の上に乳白の雲が懸かり、今しがたまで居た山さえも見えはしないのだが、進む道の先には青空さえ見えて来た。
やがて、石楠花の森が切れ、前方に開けた場所が現れた。 "霧降の滝分岐"に到着したのである。
時計はすでに昼を過ぎ、12時50分を指していた。
鉄山と箕輪の縦走路から1時間経ったことになる。
この"霧降の滝分岐"の案内板を目の前にして、辿ってきた道が正しかった事が素直に嬉しかった。
写真は、今来た道を振り返って撮ったもので、左側に写るトラロープの先を行けば、"霧降の滝"へ行くらしい。
案内板の下には警告と題し次のような文章が記されていた。
ハイカーの皆さんへ廃コース=通行禁止では無く、私のように思いつきで行ける場所ではありませんヨということらしい。
八幡滝-中の滝-霧降の滝は、コース
として地図に記入されておりますが、
危険につき廃コースとします。
沢歩きの登山者は、万全な準備と自覚
ある行動で入山してください。
危険なコースで、滑りやすく
雨降り、雨後一瞬に増水します。
下に現在地を示す。
赤丸が現在いる場所で、地図右下に"霧降の滝"があるが、辿り着くにはかなりの急斜面を降りなければならないようである。
緑の丸は、私が霧を呆けて眺めていた谷である。
この先は一度緩やかに上り、湯川の渓谷を遠巻きに見ながら僧悟台の裾野を下りていくようである。
いつしか頭上には青空が広がり、秋の日差しが尾根の道に差し始めている。
霧ではなく、雲の中を歩いて居たのだと悟った。
下る程に木々の背は高くなり、いつしか広葉樹の森へと入ったようである。
大きな岩が重なり、道を塞ぐようにしている場所に辿りついた。
木々に埋もれるように立っていたのは、"見晴し台"の案内板である。
名前の通り、この場所は北東側が開けていて、隣の福島市松川町を見下ろすことができる。
送信所のアンテナが並ぶ左に尖った頂を見せているのは、「笹森山(649,9m)」だろうか、それにしても下界は好天のようである。
なんだか、とてもくやしい。(涙)
下に現在地を示す。青丸は霧降の滝
"霧降の滝"分岐から、約20分、時刻は13時19分となった。
13時22分、"見晴し台"を後にする。
この先、地図の等高線の間隔が狭くなっていることに多少の不安はあるが、ゆるりと降りていけばいいだろう。
あまり人が通らぬ森の道は、枯れ葉に埋もれ、木漏れ日を受けて穏やかな佇まいを見せている。
しだいに沢音が耳に届くようになってきた。湯川に近づいている事を実感する。
右膝の痛みは相変わらすだが、枯れ葉の道は堀道のような段差がないので優しく感じる。
このような道が最後の目標地となる湯川まで続くのだろうと、正直ほっとする気持になってきた。
が、しかし。
枯れ葉の道は途切れ、目の前に現れたそれは・・・。
壁?
なだらかに下り続けた道とは全く違う、道先の見えぬ、壁と見まがう急峻な坂道が待っていたのである。
・・・・?
地図の道と違う?!
混乱する頭の中で、どこをどう間違ったのだろうと反問する。
いや、"見晴し台"からのここまで分岐で迷うような場所には出会わなかったはず・・・。
ならば、この激坂を行かねばならないのか。
細かなジグザグを描きながら、道は木々の隙間を谷へと続いている。
意を決し、陽の光が余り届かぬ谷底を目指し一歩を踏み出した。
踏ん張りの利かない右膝が悲鳴を上げる。
「最悪だ・・・。」
つい今しがたまで、秋の木漏れ日の中、枯葉を踏みしめながら歩いていた心地よさは、すでに遠い記憶となっていた。
道は狭く滑りやすく、笹の根が道まで伸びている。
気軽にその根を踏んでしまうものなら、間違いなく足を持って行かれる。
このトラップは数え切れない程、このジグザグ道にあって、その度に声にならない声を発する事となった。
もし、誰かが近くにいたなら、さぞかし、やかまし事であっただろう。
この激坂が本当に正しい道かどうか、不安ではあったが、途中何箇所かに案内板があり、塩沢口に続く道である事を確信した。
この坂道をジグザクと書いたが、自然の造詣に文字通りの道があるはずもなく、左の後が必ず右に行くとは限らない訳で、 瞬時に行くべき方向の判断が出来ない、そんな曖昧な場所も多々あるのである。
その時も、立ち止まり辺りの様子を確認し、進むべき道を探したのである。
見廻せば、右下方向にピンクの紐が横に張られているのを見つける事ができた。
ああ、そっちか・・。
そう思い足を進めたのだった。
次の瞬間。
・・・・・・・・・!
目の前が真っ暗になり、斜面を滑り落ちる感覚を背中で感じながら必死に「止まれ、止まれ」と念じていた。
・・・・・・・・・。
「止まった・・!」
私は谷に頭を向け、仰向けの状態で斜面に倒れていた。
一体自分の身に何が起きたのか、しばらくの間理解できずにいた。
滑落したのである。
反転し、枯れ葉や苔にまみれた身体を起こした。
右肘と右手に違和感があり、額にも痛みを感じたが、歩行するのには支障はないと判断した。
振り返り、落ちただろう場所を仰ぎ見る。
高さは2.5m程だろうか、私はジグザグに下りるべき道を、真っ直ぐにショートカットしてしまったようである。
我が身に起こった出来事だが、今も断片的にしか思い出せないのである。
頭に感じたゴツンという衝撃。
斜面を滑り落ちて行く感触。
谷底まで落ちていくという恐怖。
斜面に必死に立てた爪先の感覚。
・・・・・・。
それは、たかだか数秒の、いや、一瞬の出来事だったが、「落ちた」という事実が、大きな衝撃となり心に残ったのは事実である。
衣服に付いた土を払いながら、拭いきれない「敗北感」というようなものが心に重くのしかかっていることを、感じずにはいられなかった。
しかし、その事実は事実として、先に進まなければならないのである。
この後も、この滑りやすい急坂はしばらく続き、幾度となく足を取られそうになったが、ついにその終わりが来たようである。
壁を登るような道は終わり、湯川に沿って緩やかに下り始めたのである。
沢音も次第にその強さを増し、身近にある事を知らせてくれる。
道は"草鞋(わらじ)沼"と案内板が立つ沼脇に出た。
正直に言えば、名のある沼とは思えぬ佇まいであるのが残念である。
この沼に着く途中の道で私はちょっと恐い思いをした。
道脇の笹藪をガサガサと移動する物音が聴こえてきたのである。
小動物の移動にしては大きく、私の存在に気付いて身を潜める風もなく、その音の主は私の進行方向に進んでいるようで、 しばらくの間、並んで歩く事となったのである。
くろがね小屋で買った"鐘"は、"霧の谷底"で小休止した際ザックに下げて来たのだが、この時ばかりは、その鐘の音が 幾分なりとも私の心に励ましとなって、響いてくれた気がする。
結局、笹薮の主が突然道に飛び出してくるような事もなく、無事に、ここに着いたのだった。
しかし、一体なんだったのだろう?
14時3分。
湯川に到着した。
「見晴し台」から40分も掛かってしまったが、心配していた橋の流出もなく、しっかりと両岸を跨いでいてくれた。
最後の最後で、再び川へ転落となってはシャレにならないので、ここは慎重に渡ることとした。(笑)
写真は、橋を渡り終えた後に振り返って撮ったものである。
湯川を再び越えた事で、僧悟台のコースを踏破したのである。
"滑落"というアクシデントに未だ心中穏やかさとは遠いものであるが、この先の"馬返し"を過ぎれば、人目が気になる道に出る事となる。
身体の状態を落ち着いて確認することにした。
ザックを下ろし、カッパ代わりのウォームアップウェアウェアを脱ぎ、痛む右肘を見る。
痛む訳である。右肘の付け根とでもいうべき場所が一目で分かる程に腫上っていた。(驚)
額左側にはうっすらと血が滲んでいて、川の水で顔を洗った時にヒリヒリと痛みが走ったが、引っかき傷程度だろう。
一つ溜息をついて、身支度を済ませた。
ウォームアップのズボンは泥だらけであったが・・・。
川岸の小さな坂を上り切れば、ほんの数分で今回のターニングポイントと記した"馬返し"の案内板に出た。
今朝、この場所を通過してから7時間20分を要して再び戻って来たのである。
塩沢口に向かう階段状の道を、右膝の痛みに耐えながら下り、きのこ狩りと思われる人達を横目で見ながら、 塩沢スキー場を横切り、愛車の待つ駐車場に着いたのは、14時30分だった。
去年に続いての安達太良登山は、くろがね小屋の"マグカップ"と"鈴(鐘)"を手に入れるという目的であったが、 思いつきとはいえ、一般の登山客があまり使う事のない"僧悟台"のコースを踏破する事が出来た。
ただ、常に単独行の私にとって今回の"滑落"は今後の山中での行動に少なからず影響することだろう。
それは、加齢から来る問題なのか、それとも日頃の鍛錬が問題になるのか、何れにしろ、自分自身に問いかけるべき事には違いないのである。
泥に汚れた衣服と、濡れた靴を脱ぎ捨てて、折り畳み椅子に腰を下ろせば、 空は秋晴れの良い天気で、安達太良山は、やはり雲が掛かっておりました。
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